死別後を生きる

2015年春 夫と突然死に別れ…
ふたりの子どもとともに残された
わたしのココロ模様

ふたりで

去年の今日は

下の子の高校入試の

合格発表日だった。


うちの子にとっては

高嶺の花すぎる学校。

でも

思いだけは持ち続け

端から見れば

無謀といえる受験だった(苦笑)


「少し離れて後ろからついてきて」

学校の最寄り駅のホームに降り立つと

子どもは先に歩き始めた。


合格者の掲示板前。

両手を腰にあて

小首を傾げたまま

しばしそこにたたずむ子。


そんな子の後ろ姿を

「切ないね~、〇〇ちゃん(夫愛称)。」

「…なあ。」

と、ふたりで見ていた。



人生に一度っきりしかないチャンスに

最後までワクワクしながら

臨んだ子を

わたし達もまた

ワクワクしながら応援した。



老後も共になんて

贅沢は言わない。

せめて後10年。

子ども達の成長していく姿だけは

そばで一緒に

見届けてほしかったな。

抉られる思い

たとえば。

心臓を半分

失なってしまったとしたら

その身体の生命活動は

そこで終わりを迎える。


わたしの胸の内にある

こころの心臓…

といったらいいだろうか~

ハートは、

主人の死と共に

半分なくなってしまったのに

それでもこうして

わたしは生き続けている。


だからなのだ。


主人が亡くなってから

ずっと


生きていることが大変


と思ってきた。

『どう』大変なのか、

そこは説明ができなかった。


ハートは半分死んでいるのに

(心臓の死だったら身体はとっくに死んでるのに!)

身体だけは生きている

このアンバランスさ!

この不自由さ!


死にながら

生きている自分について

語ることばはない。

死を経験したことのない人に

死の感覚がわかろうはずがない。

だからわたしの気持ちなど

誰にもわかりっこない。

仕方のないこと。

不幸じゃない2

主人の死は

わたし達家族にとって

この上ない

悲しい出来事で。

わたしと子ども達と

それぞれがそれぞれのやり方で

この悲しみと向き合っている。


周りから見れば、

わたしは

この年で夫に先立たれた

気の毒な奥さん

子ども達は

父親を早くに喪ってしまった

かわいそうな子

なのかもしれない。



人は必ず死ぬ。

必ず別れの時を迎える。

その時機が

わたし達は

多くの人より

早くに来てしまった。

それも突然に。



ひとつ思うことがある。


悲しくても辛くても

苦しくても、

主人の死のせいで

わたし達が

不幸になるなんてことはない。

あんなにわたし達を

愛してくれた主人に

そんなひどい仕打ちは

絶対にできない。



今でもいっぱい悪態つくけれど、

そこのところは

安心してていいよ、

〇〇ちゃん(夫愛称)