死別後を生きる21
わたしより5年早く未亡人となってしまった友人が、(彼女が)死別10年を越えた頃
「(夫は)もうずっと遠くへ行ってしまったような感じがします」 と言っていた。
彼女はわたしにとって死別後のこころの変化を教えてくれる道しるべのような存在で、実際、彼女の言ってたことはなるほどそうだと感じることばかりだったのだけど、今回ばかりは違うと思っていた。
わたしは今年の祥月命日の頃はまだ全然そんな心境にはなれなくて、主人に会いたい気もちはちっとも変わっていなかった。
ところが…である。
最近ふと気づいた。
どう表現したらいいのだろう…
会いたい気もち 会えない淋しさ
あの優しさにこれから先も触れることのできない
絶望感
深い悲しみ…
それらは今も変わらずここにあるけれど、
こういった思いを包んでいた「苦しみ」がなくなっている。
缶に詰められた空気が、ふたを開けたとたん外の空気とまじって、「確かに在る」けれどどれが缶の中身だったかはわからなくなったように、
苦しみのパッケージから解き放たれた思いは、はっきりとしたカタチを失い、フワフワと漂っているような…そんな感じがする。
何かの力が働いてふたは開けられ、中身のなくなった器はわたしにとって不要なものとなり捨て去られた。
だから今は、辛くない。
苦しくない。
大嵐で荒れに荒れていた海原を越え、ようやっと凪いだ海で穏やかな波に身を任せて浮かんでいるような、そんな今ここ。