死別後を生きる

2015年春 夫と突然死に別れ…
ふたりの子どもとともに残された
わたしのココロ模様

雲を追いかけない

『欲』がなくなった。
もちろん、暮らしの中で欲しいものがあったり
経験してみたいと思うことはあるけれど、
それらはダメならダメですぐに諦めのつく
『どうしても手に入れたい』欲ではない。


主人と共に過ごした年月を振り返ってみて、
わたしが欲していた物や事は、
すべて主人が満たしてくれていたのだと
あらためて思った。


そう…わたしは主人によって、
満たされていたのだ。
満足した状態で、主人と死に別れたのだ。


わたしの内側に大きな大きな深い穴があいた。
ここ最近、
痛くて辛くてどうしようもないこの穴が、
主人のいる処へと通じているのだと感じる。


ずーっと前からある意味悩み、欲していた
『ほんとうのわたしは誰?』という答えが、
この穴の向こうにあるような気がする。


この身体ではなく、
わたしがわたしだと信じて疑っていない
このアイデンティティではなく、
わたしが思っていること、考えていること
感じていること…そういうものではなく、
それら一切合切が雲のように
ただ通りすぎていく『場』であり、
通りすぎていっていると
知っている意識そのもの…『わたしは在る』
という感覚。
主人は形をなくし、そういう状態に戻ることで
わたしがわたしの正体を知るきっかけを
与えてくれたのだと感じる。


わたしの内側が、
最期の最後まで、わたしの『欲』を満たそうとしてくれた、
主人への感謝の気持ちで温かくなる。



あれからもうすぐ2年がたつ。
あの日のことは、今でもまざまざと思い出されるし、
すぐに涙も出てくる。
なんて悲しい出来事なのだろう、
淋しい、会いたい…
たくさんのネガティブな感情が湧き起こるけれど
そのどれもこれもを体験し尽くし、かつ、
この体験と体験者が『わたしではない』と
否定する作業を続けることで、
わたしは一歩一歩
主人に近づいていけていると思う。